JR北海道の特急宗谷号で日本最北の稚内を目指した話

Hokkaido

特急宗谷とは

JR北海道の特急宗谷は、北海道の中心都市である札幌と日本最北の都市である稚内とを結ぶ長距離特急です。特急宗谷が最北の地を目指す特急であることも然り、その雄大な自然の中を颯爽と駆け抜けるイメージから、旅好き、鉄道好きの方なら誰しもが憧れる列車なのではないでしょうか。

JR北海道公式ホームページより引用

しかし、本土在住の人間が北海道の特急宗谷に乗るには、時間的、予算的なハードルをクリアしなければなりません。乗りたくてもなかなか乗れない、多くの人にとってはそんな幻のような列車なのではないでしょうか。

しかし一生に一度は乗らなければ後悔するだろうと、ある時ふと思い立ち、北海道にまうでけり。

Apr/26/2021 7:01

宗谷本線系統の特急列車は、2017年までは3往復の全てが札幌稚内間を直通していました。しかしJR北海道の経営難による合理化のため、現在では1往復のみが札幌稚内間直通の宗谷号、残りの2往復は旭川始発で札幌からの特急に接続するサロベツ号となってしまいました。

Apr/26/2021 7:23

ゆえに札幌から宗谷号に乗ろうと思えば、朝7:30発の1便しか乗車機会がありません。つまり札幌で前泊しないと本土の住民は宗谷号には乗れないのです。これも宗谷号の乗車難易度を上げる一要因なのではないでしょうか。

稚内へ向けて出発

Apr/26/2021 7:23

宗谷号の使用車両はキハ261系という、1998年から2001年にかけて富士重工で製造された車両。宗谷本線は基本的に非電化路線のため、当然ながらディーゼル車両です。しかしその性能は電車特急並みと言われていて、最高速度は120km/h。しかもJR北海道が石勝線でトンネル火災事故を起こすまでは、130km/hで走っていたようです。

Apr/26/2021 8:29

列車は朝7:30に定刻通り札幌駅を出発しました。札幌から旭川までは、基本的に空知平野の農地の中を進んでいきます。これぞ北海道という景色で、夏にはさぞ爽やかなキャンバスが広がることでしょう。

しかしこの辺りは道内でも屈指の豪雪地帯で、積雪2m越えの年もザラにあります。雪は確かに綺麗ですが、毎日雪を相手にしなければならない人たちからすると鬱陶しいだけなのではないでしょうか。雪国に住むには覚悟が必要です。

上川管内区間

Apr/26/2021 8:56

途中の主要駅である旭川には8時58分に到着しました。旭川の人口は約32万人らしいのですが、思っていたより都会で、住みやすそうな印象でした。しかし盆地ならではの空気感というか、閉塞感が問題視されている街でもあります。

知り合いに旭川の人が居ますが、駅前の商店街は廃れ、デパートも潰れてしまったと話していました。個人的には、この町が田舎ならではの閉塞感で廃れてしまうのは勿体ないと感じています。復興のさせ方はいろいろあるのでしょうが、この中央集権的な国では制度的な問題もあり、なかなか抜本的な手が打てないのでしょう。

Apr/26/2021 9:23

旭川を出発すると、ものの十数分で塩狩峠に差し掛かりました。塩狩峠は明治42年に起きたかの長野政雄氏殉職事故で有名な峠ですよね。

知らない方のために説明しますが、この峠の急勾配を走行中に列車の連結器が外れ、逆走した客車の車輪に当時国鉄職員だった長野政雄氏が飛び込み、脱線を防いで乗客の命を救ったという事故のことです。このストーリーをもとに、旭川出身の作家・三浦綾子氏が『塩狩峠』という小説を書き、それが後に映画化もされています。

まぁ、私は不謹慎なタイプの人間なのでこのストーリーに感銘を受けることはほぼ無いのですが、長野政雄氏は当時キリスト教徒だったので、今でも多くのキリスト教徒が塩狩峠を訪れるらしいです。

Apr/26/2021 10:35

特急宗谷号の自由席は1両のみですが、名寄駅を出発すると忽ちガラガラになってしまいました。稚内には札幌までの空路もあるので、わざわざ5時間もかけて鉄道で移動する人は多くはないようです。

しかし、宗谷線の存在はロシアに対する軍事的なアピールに繋がるため、どんなに営業係数が悪くとも廃止されることはないでしょう。宗谷線の名寄以北は、今後沿線人口の減少とともに途中駅と普通列車の廃止が行われ、最終的には特急宗谷専用の路線になるのではないでしょうか。

天塩の国へ

Apr/26/2021 11:14

11時13分、列車は天塩中川駅に到着しました。天塩中川駅は道北の山間部にある小さな駅ですが、中川町の中心駅なので特急が停車します。

天塩中川の天塩とは、道北を流れる大河・天塩川から取ったのでしょう。大和西大寺や尾張一宮など、駅名に旧国名を冠する事例はいくつもありますが、明治以降に開拓された北海道には旧国名が存在しないはずなので、天塩をあたかも旧国名のように駅名に関するのはいかがなものかと思ってしまいます。

が、どうやら明治2年から廃藩置県の行われた明治4年までの2年間だけ、この地を天塩国と呼んでいたようです。それが今では北海道の上川管内と留萌管内に分断されてしまい、天塩は幻のような地名になってしまいました。個人的には、旭川と稚内の間に天塩を冠した大きな街がひとつあってもいいのかなと思います。そっちのほうが、宗谷線の営業係数には良かったでしょう。

Apr/26/2021 11:29

音威子府から幌延までの区間では、宗谷線は天塩川に並行して造られていました。これがけっこう怖いというか、ひとたび土砂崩れでも起きれば生きては帰ってこれないでしょう。天塩川はこの時期、雪解け水で増水しているのです。

ラストスパート

Apr/26/2021 11:55

天塩川の渓谷を抜けると、景色は打って変わってサロベツ原野の平原になります。そしてこの辺りの一番の見どころは、なんといっても沖に聳える利尻富士でしょう。この日は天候の影響からか、海上に山が浮いているように見えました。それがかなり感動的なのですが、写真では伝えきれないのが残念でなりません。車窓からこの利尻富士を眺めるのが、特急宗谷号に乗車する一つの目的と言っても過言ではないでしょう。

Apr/26/2021 12:29

列車は颯爽とサロベツの大原野を抜けていきます。ここまで来ると、もう木もまばらで、農地さえありません。稚内まではあと一歩。この笹原が特急宗谷のクライマックス的な風景と言えるでしょう。

Apr/26/2021 12:46

そして札幌を出てから5時間12分後の12時42分、列車はついに終点の稚内駅に到着しました。5時間というと日本からベトナムに行けてしまう時間ですが、窮屈で退屈な機内と比べると、景色を楽しめる特急宗谷での時間はあっという間に過ぎていきました。

札幌から稚内までの運賃は自由席でも10,890円と決して安くはないのですが、それでも十分に払う価値があります。日本に生まれたならば、一生に一度は乗るべき列車なのではないでしょうか。

arutetsu

釣り哲学と採集生活の追求をライフワークとする30代オサーンの私的なブログ。最近は都市河川でのバス釣りなどルアー中心の釣行スタイルにシフト。ベトナムを中心に東南アジアの文化の話もちらちらと。Phạm Ngũ Lãoで、ぼくと握手。

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